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かわかみ君のチャリダ日記

気まぐれで始めた自転車ライフ

in走行履歴 06/23 走行履歴 f:id:intertechtokyo:20190109114311g:plain ポチお願いします out

f:id:intertechtokyo:20180108132825p:plain  台湾環島  スマホ日記

 

 

飛行機アクシデンド集・・・

 おはようございます。

 

朝の拾い読みで見つけたネット記事・・・コレ!

 

 

 

 

私のアクシデント回顧してみよう・・・(順不同)

 

 

 

場所は、パキスタンカラチ空港・・・当時は、欧州へは南回りルートが主流でした。カラチから帰国する時、現地は、深夜なります。最後の晩、賑やかな送迎食事会で盛り上がり禁止の酒も頂いて・・・深夜時間まで仲間と過ごすも・・・申し訳ないので早めにサヨナラして空港へ向かう。到着した夜のカラチ空港・・・人が少ない。チェックイン時間まで数時間もある。待合室で酔いウトウトしながら待つ・・・そろそろかとパタパタ表示器を見つめるも我が南回り東京行きの表示が出ない!・・・遅れてるかと再び・・・酔いウトウト続ける。目を開けて再度・・・パタパタ表示器を眺めて知った・・・Domestic Departure だったんです。慌ててInternational Departure へ移動・・・小さな空港で助かりました。チェックインゲートに着くや否や・・・搭乗口まで走らされました。そして無事に飛び立ちました。

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写真引用 ⇒ http://www.cockpit.name/airplaneoldworld.html

 

 場所は、香港空港・・・立ち並ぶ建物屋根すれすれに90度カーブしながら低空離発着する。当時は、世界一危険で有名な絶景の空港。遠くには、ライオンロックが望めた・・・記憶では、一度目(前述は三度目の出張)のパキスタン出張の帰りで年末だったかと・・・帰国搭乗便は、日本の翼 JAL で、珍しくノーマルチケット。カラチ ⇒ 香港 ⇒ 成田の便だが、ドタキャンで香港で降りる(大晦日)事にしたんです。預けたカバンはそのまま・・・まずは知らぬ街へ向かい湾仔だったか・・・観光案内所で初香港の宿をゲット・・・当時、話題だった千昌夫がオーナーしてたホテルにチェックイン。そこからJALオフィスへ向かい、事情を話して元旦の便に変更するも、ドタキャン便だから出来る?出来ない?もめましたが、ノーマルチケットの心強さでした。かつ・・・お相手は日本人・・・拝み倒しました。そしてその夜の香港大晦日をエンジョイしたんです。同行してる前職社長(現万葉倶楽部会長)がご自宅へ帰国延期の電話連絡すると、奥方が行方不明の旦那を案じてる最中・・・なんと成田空港会社から回転テーブルに残ったカバンの引き取り連絡が入ってたんです。それに・・・私も一緒ですのでカバンは二つなんですが、現地で贈られたパキスタン絨毯が四つも加わって結構な大荷物だったんです。そして元旦の便で帰国しましたが、ビジネスクラスでおせち料理のサービス・・・成田空港からクルマで帰宅しましたが、海光町ご自宅へ送り届けた第一声のご発言・・・馬鹿! 何で?事前に連絡しないのよ・・・仰るとおりで二人して平謝りでした。

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その贈られたパキスタン絨毯のひとつがコレです。

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場所は、ローマ・フィウミチーノ空港・・・ドバイから戻るアリタリア便、ローマ空港上空で何度も旋回してます。機内アナウンスも何か話してるんですが、イタリア語は听不懂看不懂(チンプンカンプン)他国人英語・・・早口で聞き取れません。まぁ墜ちる事は無いだろうとリラックスはしてましたが・・・しかし半端ない旋回の回数なんです。隣席の外国人との会話で・・・空港職員のストライキ真っ最中で着陸出来ない事情を理解しました。燃料が無くなる?・・・緊急着陸と相成りました。無事に滑走路に着陸しましたが、空港敷地内には、数多い飛行機の姿があります。滑走路から駐機スペースが無いんです。そのまま?時間の待機・・・やっとタラップ車が到着して外に出ましたが迎えバスが来ないんです。飛行機の前で全乗客が立ち往生です。やっとこさ空港ターミナルへ入りましたが、そこにも大勢の人で埋まってます。私は、ローマ空港から迎えが待つミラノ空港まで行きたいのですが、ミラノ乗り継ぎ便カウンターもどこだか分からず、途方に暮れます。やっと見つけたカウンターにも大勢の乗客が右往左往してます。陽も落ちる時間になり、やっと始まったチェックインですが、大混乱の中、言葉寂しい私は泣きしかありません。該当搭乗客の名前を呼ばれますがイタリア語と他国人英語ではわかりません。隣の人が・・・あんた日本人?名前呼ばれてますよ・・・と優しくお声がけ頂き・・・2便後に乗れる事になったんです。そしてミラノ空港へ到着するも、お待ちの仲間(ノーリツ鋼機イタリア所長日本人)はいません。当時は、携帯電話など有まへん・・・ご自宅の電話番号も知りません。会社事務所に連絡してやっと繋がり、事情を説明・・・ご夫婦で空港までお迎え再参上となり、晩飯をご一緒して一件落着なんですが、預けカバンがないんです。アリタリア会社からは、お泊まりホテルに送り届ける・・・確かに翌朝、届きました。・・・長文でしたね!(笑)

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 場所は、前述のミラノ空港・・・ミラノからオランダ・アムステルダム空港へ向かう便です。KLM航空と記憶しますが、チェックインカウンターで・・・出来ないんです。名前が違うんです。当時は、紙っぺらの航空券が大事でした。そこの名前ですが・・・KAMAKAMI だったんです。一字違えば・・・名前が違うんです。当たり前だのクラッカーですが、その言葉をイタリア人には通じません。ましてや貧口のワタシ・・・最後は泣き作戦しきゃありまへん。・・・結果は・・・なんとか搭乗できました。冒頭のネット記事にも書かれてますね・・・予約完了した時点で、ご自分の名前スペルの確認すべきです。

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場所は、再びカラチ空港・・・三度目の出張は単身でした。やはり帰国便は、南回りの深夜便です。当時は、搭乗数日前に『リコンファーム』なる搭乗確認の電話が必須だたんです。外国航空会社は・・・英語です。滞在仕事終わって現地会社のマジッドカリム社長がそのリコンファームを心配して、帰国前日に社員を使ってパキスタン航空カラチ事務所へ出向かせリコンファーム確認スタンプを押捺させました。ワタシも安心して・・・帰国夜の送迎晩飯を終え、スイスから出稼ぎ来てるシーハ氏のご自宅のゲストベッドで仮眠して深夜時間に社用車で空港まで送られました。チェックインカウンターに着くと異常な雰囲気でもめてます。なんと・・・オーバーブッキングが発覚してます。搭乗者名簿にワタシの名前がありません。確認スタンプも無意味です。カウンター女史から何やら言われるもパキスタン語?他国人英語?理解できまへん。乗れない事は確定しました。すでに刻は深夜です。近くの公衆電話からカリム氏の豪邸ご自宅電話をダイアルすると・・・給仕が出ますが・・・言葉が通じません。どうにか貧英語で状況を伝えると・・・再び社用車で迎えに来ました。空港からカリム氏の豪邸へ帰ります。パジャマ姿のカリム氏も怒ってます。ご自分のメンツが潰れたからです。その場から、パキスタン航空の役員自宅へ怒りの電話・・・何を話してるか分かりませんが内容は察します。再び社用車で空港へ向かいます。手元にはチケット? 何もありません。空港着くとエアーフランスカウンターまで連れて行かれました。そこで受け取ったチケットには、Fクラスのマークがあるんです。そこで会話出来ずの運転手と別れ・・・めでたく搭乗と相成りましたが、人生、初も後も・・・ファーストクラスです。まさにフランス人形のスチュアーデス容姿は一生忘れないでしょう(笑)・・・深夜時間ですので豪華な晩飯はありませんでしたが、夜食と朝食の豪華な料理も忘れませんが、あの座席幅の広~いシート・・・落ち着きませんでした。そして成田空港に無事に帰国しました。・・・その数日後、会社へ外国人から電話ありました。なんとパキスタン航空東京支店の支店長自らの詫びの電話です。その数日後、改めて指示された東京支店の応接室に座ってました。再度の詫びと何やらパキスタン土産品と航空券費用の返金手続きです。その数日後、チケット代金が全額(往復)我が個人口座に送金されました。その報告を現地、カリム氏にfaxで謝を伝えましたが、カリム氏曰く、パキスタン航空とは旧知の友人だとか・・・その彼、当時パキスタンの美空ひばりクラスの美貌歌手との不倫発覚して両手首断裁の罰、もしくは国外追放の罪に問われ、後者を選んでドバイに出国したんです。当時の格安航空券だったんですが、会社には報告せず・・・闇の飲食費用と消えましたが・・・前職会社には、いまだに内緒の事実です。すでに時効かと・・・!

 

場所は、シカゴ~バッファロ~ボストンへの道中・・・それもニューヨーク経由と・・・バッファロを飛び立ち小一時間でニューヨークの筈なんですが、いっこうに摩天楼が見えません。同行していた社員は初めての海外旅行、ましてや夢のニューヨーク、窓枠にカメラ押しつけて待機してました。しかし・・・周辺は雑木林が続いてます。空港に着陸を始めますが、まだ雑木林です。・・・駐機場に着いて気づきました。・・・Yの字が無いんです。NewYork ⇒ NewArk だったんです。同行社員のガッカリには、申し訳無かった・・・日本で手にしてた航空券には・・・正しくNewark経由と書かれてました。今の時代でも予約した便の行き先を、お名前と一緒・・・再度、確かめましょう!

ボストンでは、ノーリツ鋼機ボストン営業所の所長からご馳走賜った名物ボストンロブスターはデカ過ぎて食べきれませんでした。

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場所は、スイス・チュリッヒです。まだ羽田空港から海外に飛び出す時代でした。仕事は、写真処理機材会社GRETAG社の技術講習会参加。二週間予定でしたが途中で科目を増やして帰国便を一週間後に変更しました。乗るは大韓航空です。研修を終え無事に韓国金浦空港へ着きましたが、タラップ前には、凄まじい報道陣のカメラスタンドです。そうなんです。予約変更した便は、大韓航空902便だったんです。

 


命拾いした思い出です。

 

当時の大韓航空のジャンボジェット747の後部座席辺りには、客席一部を取り外して貨物室がありました。その脇が喫煙場所でした。金浦空港から搭乗する時、待合室に、泣き叫ぶ赤ちゃんの姿を見ました。それも数十名です。当時は、海外養子ビジネスが存在してたんでしょう? そして機内では、その荷物室の脇辺り、二人がけシートに三人まとめて座らせらてます。そして泣き疲れて寝入ってます。事情を知らずに国を離れる子供たちの姿・・・一生忘れません。

 

長々と寝起きに書き綴りましたが、移動手段の飛行機利用・・・冒頭の航空券購入の際気をつけるべき事項・・・今一度、読み返しましょう!

 

さぁ土曜日も仕事です。

 

 

追記:

オランダ・アムステルダム・ホテルオークラの日本料理店『山里』でのどんちゃん騒ぎも思い出です。次回に書き綴りましょう!

 

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